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能登の花と木を制定「のとキリシマツツジ」と「タブノキ」

 「能登はひとつ」を合い言葉に、行政区域の垣根をこえて広域観光を推進する能登半島広域観光協会では、平成十九年五月三十日に開かれた定期総会で、能登の「花」と「木」を制定した。

 花は「のとキリシマツツジ」、木は「タブノキ」。能登の花と木の選定は、観光交流時代の機運が高まった能登空港開港の頃から待たれていた。選定の基準として【1】能登に広く成育し、【2】全国的にも顕著で、【3】能登の歴史と文化を語るにふさわしい物語性を秘め、【4】美しさと品格を有し、【5】鑑賞ツアーや新たな物産作りが期待できる植生とした。

◆ のとキリシマツツジ ◆
のとキリシマツツジ 花に決まった「のとキリシマツツジ」は、成育する古木の数が近年の調査で、国内では圧倒的に多いことが判明している。花のみごろは五月初旬から中旬で、樹枝を覆うように膨大な赤やまれに紫系統の小花を付ける。その美しさは目を見張るばかりだ。
 嘉永六年(1853)、加賀百万石十三代藩主の前田斉泰が能登巡見した折、赤崎(現在の輪島市赤崎町)で真っ赤に咲き誇るキリシマツツジを鑑賞している。そのツツジは十四世紀の末頃に、日向(宮崎)から持ち帰ったという伝承がある。
 現在、樹齢百五十年をこえるとみられる巨木は、百本とも二百本とも言われている。それらの能登のキリシマの名木の中で、歴史的な見地から赤崎の藩主腰掛けのツツジと、成育状況から珠洲市大谷の池上家の日本が、石川県の天然記念物に指定されている。
 のとキリシマツツジは能登一円に育成し、花の見せ時こそ短いが、その陰にあって家人らの入念な世話が欠かせない謙虚な花である。美しさと粘り強さと、そして旅の物語を秘めるキリシマツツジは、「能登の天花」と呼ぶにふさわしい名花である。

◆ タブノキ ◆
タブノキ 木に制定されたタブノキは、タブ、タビ、タモ、タマグスなどの呼び名があり、古くはツママとも呼ばれた。クスノキ科の常緑広葉樹で、沿岸地域を中心にひろく自生する暖地性の高木。能登には直径三メートルという、日本一の太さを誇る巨木が羽咋市にある。タブノキは低地を中心に秘録のと一円の神社や寺院、墓所や旧家の庭などに、今も多くの巨樹が自生している。能登はタブノキ大国である。
 東アジアから日本列島の東北南部沿岸地域にまで分布するタブが、特に能登に巨樹が多く見られるのは、三方が海に囲まれた地理条件と、神仏祖霊への篤い信仰心による。
 能登のタブは、往古から魂宿る霊木・神木と崇められてきた。しかし縄文期から繁茂ていたタブノキも、稲作の弥生時代に入ってから今日まで、田畑や村落をひらくごとに伐られ続けてきた歴史がある。しかし霊木を伐ると「罰が当たる」というタブー意識が強くはたらき、魂が宿る鎮守の森だけは伐らずに残してきた。能登人の信仰心がタブノキを守ってきたのである。
 能登のタブノキに最も注目した人に、国文学者で家人の折口信夫(釈迢空)がいる。タブノキこそ日本文化の母なる木…と洞察した折口が、初めて能登を訪れたのは昭和二年である。タブノキが能登の木に制定された八十年前であることも、奇しき縁である。

(藤平朝雄:観光協会相談役)