能登半島の情報一覧
おもてなし半島能登
能登の花と木を制定能登の百選能登の歳時記 観光ボランティアガイド
能登空港〜珠洲 エリア5
珠洲の粗塩
全国でも唯一、揚げ浜塩田を残す珠洲市の外浦地域では、近年天然塩づくりが盛んだ。仁江海岸に住む角花豊さんが、オチョケと呼ぶ散水桶で海水を撒く技は見て欲しい。まさに神業・名人芸が。近くの能登塩田村では、塩づくり体験もできる。天然塩がブームだ。藤平 朝雄(キリコ会館 館長)

お弁当はここで!
のと鉄道の駅弁販売は、和倉温泉駅、穴水駅の2カ所とJR七尾駅。名駅とも売店のみで扱っており、創業130年の松乃寿しの弁当を扱っている。地元産のコシヒカリを使ったお弁当のおすすめは、都市朝市やちらし寿司。ほかに、新鮮なアジを酢でしめたアジ寿司900円、特製玉子巻の玉宝800円などで、15種類ほど揃う。ゆっくり時間が流れるローカル線の車内で、地元の駅弁を味わうとよりいっそう旅情が深まる。

あえのこと
今年の豊作感謝と豊穣を祈る神事。田の神様を家の座敷に迎え、ご馳走を盛った御膳を出して手厚くもてなすもの。





歴史を知る 貴公子の時忠(珠洲市)」
寿永4年(1185)3月、長門壇ノ浦の戦いで平家は滅し、源頼朝は生き残った平家の一族を次々に処罰した。壇ノ浦の戦いの半年後、能登へ流された大納言時忠もその一人。
時忠は、平家の一門の中でも、とりわけ毛並みのすぐれた存在だった。姉の時子は清盛の妻であり、妹の滋子は後白河法皇の妃である。
主従合わせが16人、北国の海をさまよい、能登の岸辺にようようだどりついたのが、珠洲市大谷海岸と聞く。
やがて安住の地へと島に導かれたという。珠洲市の大谷の藪の中に時忠の墓(五輪塔)が残っている。

白波のうちおどろかす波の上に
寝いらで松の幾夜経ぬらん

時忠の没後、父と共に配流された時国が跡を継ぎ、時国家の祖としてその後、栄えたのがいまの輪島市。一族は源氏の追討に避け、着実に基盤を固め、のちに「時国船」という海運業を手がけて富も築いた。江戸時代には大庄屋となって名字帯刀を許され、「時国」の姓を名乗った。
現在も本家の上時国家と、分家の下時国家があり、豪壮な邸宅を構え、各地の平家集落が、ほそぼそと暮らしたのとは対照的といえる。
(参考文献:「日本の民話」)